なめらかな日々

水のように生きたい

キャッチ通りの彼

イヤホンが壊れた。半年ほど愛用していたイヤホンが。アイボリーが気に入っていて音質もそこそこ良く、断線に気づいたときは悲しかった。致し方がない。なぜ壊れてしまったのだろう、と考えてみると、キャッチ通りでいかつい兄ちゃんが話しかけてきた直後にイヤホンの片耳から音が聞こえなくなったことに気づいた。バス待ちでなんとなくキャッチ通りでスマホを操作していると、こちらに寄ってきた男性が「お姉さんナンパ待ち?」と気さくに話しかけてきたのだ。かなり身長が高く、胸板が厚くてごつごつとしたスニーカーを履いた、もういかつい兄ちゃんと言わんばかりの男性がそこにいた。私はイヤホンを外しながら例の如く人見知りをフルに発揮し、「ぃや〜」と引きつった声で応答しかできなかったが、彼はほとんど言葉を交わしていないのにもかかわらず「ありがと!」と爽やかな笑顔を浮かべて立言し、その場を立ち去った。まったくもって会話として成立していない。あれも一種の狂気ではないかと思うが、別れ際に感謝されたことであまり悪印象は残っていない。それからだ、やくしまるえつこの声が左耳にしか流れなくなったのは。もし、あの男性の正体が、私にこれまでの恩義を伝えるため現れたイヤホン付喪神の権化であったとしたら?……否、それにしたってそこまで大事にしていたかは疑問と言わざるを得ない。新しいイヤホン、大事にしよう。

 

ヴィーナスとジーザス

ヴィーナスとジーザス

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