なめらかな日々

水のように生きたい

異世界からの着信だったらいいのにな

 街を歩いていると、たまに公衆電話がぬらりと私の前に現れる。いつもは無意識に存在を無視しているところなのに、「落書きや張り紙をすると法律で罰せられます」という但し書きまでまじまじと見てしまった。子供の頃、姉たちと遊びに出かけるときは親にテレホンカードを持たされて、公衆電話で連絡するよう言い聞かせられた。電話番号のボタンを押すときはドキドキして、呼び出し音のなか母を思ったものだ。

 先日、夕暮れごろに自宅の電話が鳴った。プルルルルル、なんちゃらです、と子機がしゃべる。最近外国に住む従兄弟から電話があったし、またそれだなと深く考えず電話を取ろうとすると、「コウシュウ」の文字が浮かんでいた。

  電話を取る。

 「…………」ガチャ。

 相手がこちらの無反応を確認し、公衆電話の重い受話器を元の場所に収める動作。相手の行動が電話に乗せて明晰に伝わった。

 ただ公衆電話から無言電話がかかってきたというだけ。なのに私はこんなものにロマンを感じてしまう。こちらの家のことを考え、そのためだけに硬貨だかテレホンカードだかを消費し、話もせずに切る。そんな気色の悪い人物は一体誰なのだろう、とすごく気になる。緑色のずんぐりした電話機を見つめる人間の横顔が脳裏に浮かぶ。この公衆電話が私の携帯電話にかかってきたならもっと面白い考察ができたのに。

 公衆電話からの連絡はその後ぱったりと絶えた。でも私はやっぱり期待してしまう。非日常へ連れ去ってくれる何者かの存在を。

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